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貸事務所の楽しみ方

「誰が住んでいたの?」「さあ、よくは知りませんが、三ヶ月ほどまえに引っ越されたそうです」「かなり、古そうね」「いえ、まだ二十年ほどです」私は答える。 充分に古いとは思ったが。
「なかなか、しっかりとした造りです。 有名な建築家がデザインしたと聞きました」「え、誰の設計なの?」たしかにそんなに有名ではない。
私が聞いてもぴんとこなかった名前だった。 有名だと言ったのは、G・K社長で、彼はたいていの建築家のことを有名建築家と言うのである。
玄関ホールを入ると、私もびっくりした。 どう形容したものか、言葉が見つからない。
最初にしたのは、振り返ってMさんの顔を見ることだった。 彼女が、どう感じたか、それが気になったからだ。
「はい、ずれています」「えっと、いえ、ちょっと名前は…」「有名じゃないわ、それじゃあ」「はい、すいません」。 記憶力が悪いのです、あとで、資料をお渡しします。
そこに書か玄関ホールの左右に一段低い部屋が二つ。 とても大きい。

左右対称だった。 いずれも、奥へいくほど天井が高くなる。
奥の壁の高い位置半分は、全面がガラス。 そちらは方角では北になる。
青一色の空が、窓の外に見えた。 異様に大きい空間である。
とても、住宅とは思えない。 「スカッシュでもしたのかしら」Mさんは咳いた。
「あ、ああ、そうですね…」そう言われてみると、本当にそうかと思えるほどだ。 私はさらに奥へ進む。
左右は広いが、正面は近くに壁があり、赤いドアと黄色いドアが二つ。 また、白い螺旋階段が中央にあって二階へ上がることができる。
もっとも、二階というのは、この中央部の上、というだけで、左右は吹き抜けになっているので、その部分に二階はない。 赤いドアを開けてみると、キッチンだった。
奥に倉庫らしき部屋がある。 また、黄色のドアを開けると、トイレとバスだ。
こちらは通路が奥へ続き、裏庭へ通じていた。 裏庭の手前の部分は、左右の大きな部屋に挟まれている。
再び部屋へ戻ると、Mさんの姿がない。 「ここよ」上から声が聞こえた。

二階の手摺りから身を乗り出して、手を振っている。 「素敵。
上がっていらっしゃい」私は螺旋階段を上った。 室内に小さな屋上がある、そんな感じのスペースだ。
三方に手摺りがある。 北側は、やはり全面ガラスで、中庭が見下ろせた。
この二階は部屋というよりは展望台のようだった。 ベンチと椅子が幾つか置かれている。
壁がないので家具も置きづらい。 とにかく、どう説明をして良いのか、私は必死に考える。
「この下に、キッチン、トイレ、バスルームなどがあります。 倉庫も充分な大きさのものがあります。

そちらの中庭へも出ていけます」わかっていることだけを報告した。 「何に使ったのかしら?」Mさんは尋ねた。
「はあ……」私は困った。 そんな情報は持っていない。
書類で平面図は見た。 しかし、そのときは、部屋の詳細を省いた全体的な図面なのだろう、と考えた。
こんな大空間をまったくそのまま、仕切もせずに使っていたのだろうか。 「鳥を飼っていたのかしら」Mさんは周囲を見る。
「はい、飼えそうですね」「ここに、望遠鏡を置いて、天体観測は?」彼女はぐるりと周囲を見回す。 「でも、北しか見えないわね」「アトリエじゃないでしょうか」私はようやく一つ思いついた。
「アトリエって、何のアトリエ?」「いえ、単なる想像です。 私の学校の美術室が、こんなふうでしたので。
北に天窓があって、いつも一定の明かりを入れるのです」「ああ、そうね、そういえば、そうだわ」「ここで、絵を描かれたり、彫刻をされたり、それとも、陶芸をされるとか…。 あ、お友達を集めて、そういった教室を開くこともできますね」なんとか、セールスポイントを、と私は考える。
「駐車スペースもありますので、ゲストを招くには、最適かと思います」「いえ、私ね、一人だけでいたいのよ」Mさんは、残念そうに眉を顰めた。 「うんざりなんですよ、お友達と会うのが。
あの家にいると、もう毎日毎日お客様ばかり。 かといって、出かけても、結局はどこも人が大勢。
どこへ行っても誰かとお話ししなきゃならないの。 もっとね、自分一人だけで、のんびりとしたいの。
本を読んだりして。 そういう静かで、落ち着ける場所が欲しいわ」。

「はあ…」領くしかない。 そういう具体的な希望は、最初に言ってほしかった、と思う。
「でも、ちょっと、ここで、一人きりになったら…」また、周囲を見渡すMさんの顔は、どことなく寂しそうだ。 寒々としている。
夜に一人きりだったら、普通は耐えられないかもしれない。 そんな場所で「いえ、まだですけど」「ご両親と一緒に住んでいるの?」「違います。
一人住まいです」「あ、そう……、それは寂しいでしょうね」「はあ、まあ、そんなに感じたことはありませんが」「そう?こんなところに住んだら、どう思う?」「ここですか?私が?」私なら、大丈夫だ。 一人でいることが好きだから。
しかし、彼女には絶対に無理だろう。 たとえば、ここのどこで寝れば良いのか。
寝室は下にはなかった。 どこにベッドを置いても、落ち着かない感じだ。
情緒不安定になりかねない。 「そうですね、ちょっと寂しいかもしれませんね」私は正直に感想を言った。
「そう思う?」きょとんとした顔で、Mさんは私を見つめた。 「あ、ええ……、まあ」「そうねえ、寂しいよねえ」本当にそのとおりだ、という顔で彼女は領いた。

「住めるんじゃないですかね」私は答えた。 「おもちゃの飛行船がありますよね、あれを買ってきて、一人で遊んだら、楽しいかもしれません」「飛行船?あ、わかった、飛行船ねえ」Mさんは、宙を見つめる。
そこに飛行船をイメージして飛ばしているのだろう。 「ああ、本当だ。
楽しそうだ」「わりと、一人の方が好きなんです」「うん、そう見える。 彼女とか、いないでしょう?」「ええ、住める?」私は、もう一度、がらんとしたこの空間を見渡した。
「ベッドをあの辺の壁際に置いて…」私は指をさした。 「それで、その近くにテレビをもってきて、あとは、本棚くらいですね。
本棚はいくらでも置けそうです」「あ、はい」「住める?」「いてもいなくても、関係ないって感じだね」Mさんは微笑んだ。 それはそう。

自分でもそう思う。 彼女なんて作ったら、疲れるだろうな、というのが最初に想像することだ。
「私がここを買ってね、君に貸してあげようか?」Mさんは言った。 「今、住んでいるところの家賃と同じ、という条件で、どう?」「は?」私は三回くらい瞬いた。
「どういうことですか?」「どういうことって、つまり、そういうことよ。 私がここの大家になって、君がここに住むわ」。
「いや、それ」「できない?」「はあ…」「どうなの?住める?」「いや、それは、そのぉ…、急に言われましても、あの、なかなか、その、決断は」「考えてみて」「はあ……」「うーん。 その、どうして、あの、私に貸すのですか?Mさんにはなにもメリットがないと思いますけれど」「私のことなんて、心配しなくて良いの。
現金が土地に変わるだけで、むしろ人に貸すとなれば、いろいろ経費で落とせるでしょうからね」「考えています」「決断が遅い方?」「いえ、そんなことはないと思いますが」。

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